Roo's Labo

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夏目漱石『明暗』・水村美苗『続明暗』

高校時代、森羅万象に自説を展開するユニークな英語の先生がいて、「夏目漱石の小説は10年おきに読み返せ」と言われたのが強烈に印象に残っている。だいぶ時間があいてしまったけれども、大学以来久しぶりに『明暗』を読んでみた。

***以後ネタバレを含みます***

夏目漱石の小説(決して全部読んだわけではない)のなかで、ダントツに好きである。津田の優柔不断なゲスっぷり(『行人』のお兄さんのような苦悩する知識人とは打って変わって、あらゆることを人のせいにして被害者ヅラしている小物のエリート会社員!)は100年前に書かれたとは思えないほど現代的で、自分にもこういうところがあるなと、自分の心の卑怯なところをくすぐられる思いがする。

大学時代に読んだときは、津田の配偶者お延にここまで心動かされるとは思わなかった。漱石の女性には賢い女性がわりと多く出てくる気がするけれども、賢くて、素直に愛されたいと願うお延の健気さには、肩入れせずにはいられない。

清子(きよこ)は、まったく清らかではないと思う。逗留中の自室に、どのような理由があっても元婚約者を上げてはダメでしょう。『続明暗』では、清子が津田のもとを去った理由が説得的に描かれていて(清子に会いに行くという行為自体が吉川夫人の示唆なしでは行われないほど、他律的な人格だからというもの)、思わず唸ってしまった。奥さんを差し置いて元婚約者の宿泊する温泉施設に突撃した津田は、『続明暗』では悪事が露見して社会的な辱めを受けていたけれども、絶筆になった漱石の『明暗』はどう展開したのだろう。

小説はエンタメの一つであって、何らかの教訓を読み取るためのものではまったくない。とはいえ、現実世界をある程度形式化・簡素化して整理したなかに、普遍的なテーマを設定し、思考の実験を行うことで、普段は経験できない事態をシミュレーションしたり、それに対する自分の考えを検討したりという作業には、意義があると思う(具体的には、津田の行為は許されないと思う)。願わくはこうした話ができる人がもう少し周囲に多くいるといいのだが・・・。

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登場人物が各々の思うところを、滔々と述べる『明暗』は、漱石の他の作品と比べてもかなり異質だが、現代的なテーマ性もあって、今日読んでも十分エンタメとして面白いものであった(津田を佐藤健あたりが演じて、ドラマ化してほしい)。