Roo's Labo

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村上春樹『街とその不確かな壁』

長かった。発売日から3週間位かかったけれど、読後感は爽やかで読んで良かったと思う(以下とりとめのない感想ですが、物語の核心部分に多少触れていますのでお気をつけください)。

最初は冗長で(全部を全部記述して説明しようとする感じでとにかく長い)、テーマに新規性がなく(結局中年になっても初恋の女性を忘れられずに懊悩する男の話かと思わせる)、手法や舞台設定も『世界の終わり』で登場した壁に囲まれた街の焼き直しで読み続けるか迷ったのだが、第2部の後半辺りから急速に物語がペースを上げ、惹き込まれるように読了した(今までの村上春樹的世界観を多少裏切るようなオチもあって、驚いた)。

読み終えて思うのは、「移動」をテーマにした物語だなということ。主人公は、壁の中の世界と現実を行き来する。東京(あるいは札幌)という都市を離れて福島の山間部に移動する。僕は年月を経て私となり、私の追いかけたテーマや役割は「イエローサブマリンの少年」に移り、継承されていく。

村上春樹自身の後書きにもあるように、あらゆる物事は移動し、移り変わっていて、その中にこそ「真実の姿」があるのではないか。過去の出来事に執着するのではなく、得体のしれない力や偶然に導かれたものだとしても、自ら移動を選択し、変わり続けていくことこそが、真実につながるのではないか(という印象を、私はこの物語を通じて受けた)。

齢70歳を超え、大ベテランと言われる年になってもなお、動き続けることがポジティブな希望をもたらすという物語を紡ぐ村上春樹のことがますます好きになったし、そのような読書体験ができてとても幸せだった。