Roo's Labo

腕時計、ラーメン、読書、美術、ときどき仕事

又吉直樹『火花』

自分の住んでいる地区の図書館では、少数ながら日本語の書籍を揃えている。貸し出しはもちろん、古くなった本を破格の値段で売りに出していて、会社帰りにラックにかじりついて掘り出し物を探すのは数少ないロンドン生活の楽しみの一つである。

又吉直樹の『火花』はそのようにして出会った一冊。人気お笑い芸人のデビュー小説にして芥川賞受賞作として、知らない人はいないのではないか。本編はおよそ170ページ程度。読書に慣れている方であれば2−3時間あれば読めてしまう分量だが、鮮烈な読後感で読んで良かったと思わせる一冊であった。

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以後ネタバレを含みます。

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主人公の徳永と、彼が師匠と慕う芸人神谷はともにお笑い芸人を目指している。徳永から見た神谷はお笑いの才能に溢れているのだが、世間的に売れずくすぶっている。神谷の語るお笑い論はすごく骨太で一貫性があるのだけど、理想論というか、売れること(世間の評価)は得られない。反面、(何も考えていないと思わせる)身体的な特徴やリアクションを武器にした後輩が人気者として世に出ていく皮肉。純粋に理想のお笑いをつきつめるがゆえに、実生活と折り合いがつけられない神谷は理解者であった女性を失い、膨らんだ借金を返すために自己破産と失踪を余儀なくされ、事務所も退社しお笑い芸人としての居場所を失う。

物語冒頭時は24歳、20歳だった二人が、あっという間の10年を経て34歳、30歳となる。徳永は双子の誕生を機に相方が芸人を辞めることを受け自分も辞めることを選ぶ(最後のステージとなる漫才の読ませること!)。34歳になった神谷の「過ち」を徳永が説諭するシーンは、夢を諦めて現実を生きることが決してかっこ悪くはないという文脈で自分は読んだ。徳永がお笑い芸人として過ごした10年間は決して無駄にならないと思うし、不動産屋という次のステージで必ず生きてくると思う。